
御祭神
〔脇座〕息長足媛命
(おきながたらしひめのみこと)
〔主座〕品陀別命【八幡大神】
(ほむだわけのみこと)
〔脇座〕仲姫命
(なかつひめのみこと)
![]()
当御社は天平勝宝元丑年(西暦749年)2月、第46代孝謙天皇の勅願所として創立された。後神護景雲3年(西暦769年)和気清麻呂公が皇位を奪おうとする僧道鏡の野望をくじくため、宇佐八幡宮へ行く途中、当御社境内にて、道鏡の追手が追いつき、清麻呂公を襲おうとしたとき、当山より一頭の巨猪が飛び出し、追手をことごとく蹴散らし、難を逃れることのできた清麻呂公は無事大任を果たしたと伝えられている。
清麻呂公の難を救った猪を出した当八幡宮に対し何時の頃からか誰からとなく厄除の大神として崇敬されるようになった。以来、当御社の鎮座する所加古川市八幡町の名と共に、近郷稀な厄除八幡宮として、毎年2月18日・19日の厄除大祭には全国各地から参詣者が後を絶つことなく今日に至っています。
(播磨鑑)
天平勝宝年中 考謙天皇の御願所として社領三百石御寄付有之
坊舎等数多有之し 其後三木兵乱の時破壊す また慶和年中某社頭
再び造営し今の社領は池田輝政御寄付有之御黒印有
(八幡信仰と安産及び育児祈願)
当神社はその由緒に云われる通り、古くより穢れを祓い難を除く厄除けの神様として、厚い信仰を集めております。また一方で、御祭神の八幡大神の御誕生の際は御父仲哀天皇崩御の後で、当時内外ともに極めて多事多難の時で、御母神功皇后のご苦労は並々ならず文字途通り千辛万苦の際でありました。しかしながら、それにも拘らず大層安らかに御誕生になり、健やかに御成長されたところから八幡大神を【安産と育児を守る神】として信仰されるに至っております。